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第1夜

2008.07.08
5,6歳ほどの男児の手を引いて,夕暮れ時の街を歩く。紺のタイトスカートにジャケット,胸元にフリルのついた白のシャツ。左手で縞のスーツケースを引いている。国はある一族の台頭と独裁政治の為に荒廃していたが,一部の富裕層のお陰でこの街は以前の華やかさそのままだ。交差点を渡り,夕日で赤く染まったPホテルにチェックインする。

「くれぐれも身元がばれないように気をつけろ」男児が言う。姿形だけが幼く,言動や表情までもが老人のようなお前には言われたくない,と思うが口には出さない。黒地に金縁の制服を着たベルボーイに案内された部屋は,廊下からの仕切りも無い大部屋だった。柔らかなクリーム色の壁紙,茶系の絨毯に白いベッドがいくつも並ぶ。高級ホテルであるPでさえこんなものか,と呆れる。年老いた幼い息子と金品をどうやって一晩守ったらよいのか,しばし悩んだ。

子供を抱き寄せベッドでまどろんでいると,隣の部屋(といっても仕切りがないから隣のベッドと言うべきか)の男が話しかけてくる。言葉は理解できない。子供がむずかり,テラスのプールを見たいと言った。嫌な感じがしたので,荷物と子供を抱えテラスに出る。吹き抜けになった中庭のようなその場所はコバルトブルーで,プールの水に夜の光が煌いていた。

「かあさん,あっちの棟の部屋にしよう。」子供がしゃがれた声で指図をする。まさか他人の部屋で寝るわけにもいかないから,今夜はホテル内を彷徨って一夜を明かすしかないのだな,と腹をくくった。赤味がかった長い廊下を一晩中歩き回った。

*****

朝,ホテルから出る。息子はそばにいない。どうしたものかと考えあぐねていると,大型バイクに乗った中年男性が「後部シートに乗れ」と言う。なんとなく,昨日まで子供だった自分の息子だと理解した。あんなに爺臭い子供でも,筋骨隆々とした成人男性よりは可愛げがあったと思う。何事も失ってみてはじめて,その尊さに気づくのだ。声だけが以前より若返っていたが,これは年相応であった。

やはり息子がだいぶ成長したからか,身バレしたようで追っ手が現れた。こちらも息子と私で応戦するが,バイクが不安定で仕方ない。目の前にある男の肩の筋肉が何度も隆起する。
「君は運転に集中してください。私,4丁同時に扱えるから」

無意味にはしゃぐと碌なことがない。結局私に4丁もの拳銃を同時に扱える技量などなく,手からボロボロと武器が零れ落ちる。私は自分の首を絞めるタイプなのだろう。それにしても時の流れは速いものだ。子供が一晩で中年になったように,あれだけ荒廃していた国も以前のような賑やかさを取り戻していた。かの一族のやり方は悪政というやつではなかったのか?という疑問が生まれる。銀色の街並みを駆け抜ける。

その間にも追っ手は迫り,私達は山間部へと逃走した。細く暗く木の根が蔓延る土に轍を残して。緑の葉が次々と後ろに飛んでいく。休憩の為に立ち寄った山小屋には新興宗教団体がいた。政府の姿勢を糾弾している。彼らも追っ手から逃れここまで来たのだという。

ふと思う。自分と息子は自らの正義を信じ,人々を悪政から救う為に行動したのではないのか?なのに何故,都市は再生し人々が活気を取り戻しているのか?何故,私達はこの新興宗教団体と同じ境遇になってしまっているのか?自分たちが正義で,かの一族が悪だと思っているのは,我々だけなのではないか?世間から見たら我々こそ悪なのではないか?

遠くにサイレンの音を聞きながら,涙を流す。いつの間にか小さくなった息子が爺臭い表情で私を見つめていた。

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